最近マーケティングに関する本や雑誌記事を読んでいる中で、「いち消費者として商品と向き合う自分自身を、同時に企業側からマーケティング視点で見たらどうだろう?」と思いつきました。
たとえばMacBook。新MacBook、僕は超欲しいです!多分そのうち買います。Macは以前から欲しかったんだけど、最近持ってる人も増えてきたし、いまThinkPadでやってるほとんどの作業は(仕事を除けば)ブラウザベースだから問題無いし、値段もこなれてきたから、そろそろ手を出してもいいかなー、と思ってるわけです。これは、有名な「キャズム」のセグメンテーションである「イノベーター」「アーリーアダプター」「アーリーマジョリティ」「レイトマジョリティ」「ラガード」でいうと、僕は「アーリーマジョリティ」、つまりその製品のメリットが明らかになり、またリスクが十分軽減されたことが確認できたところで手を出し始める層である、と言えそうです。そういう意味では、MacBookはまさにキャズムを超えて、Windows PCと同条件で競争をし始めたのかもしれません。
あと、iPhone。これも個人的にはすごく興味があるけど、今のフツーの携帯から乗り換えるのはちょっと怖いし、実際不便を感じるだろうなぁ、と思います。ネット上の議論を見ていると、「iPhoneは今までのケータイとは別物。iPhoneサイコー!」という人たちと、「ワンセグもおサイフケータイも使えないんじゃ話にならないよ。iPhone使えねー。」という人たちが熱い議論をしていたりしますが、これらの人たちはそもそもマーケティング・セグメントに属しているわけです。だから議論は絶対にかみ合わない。ちなみにですが、iPhoneを買った人が必死でその良さをアピールしているのは、自分のとったある行動(たとえば「ある商品を買った」こと)が正しかったことを事後的に確認したいという心理状態、「認知的不協和」によるものだと言えそうです(この言葉は戦略プロフェッショナルの心得 で覚えた)。
ある商品の善し悪しを判断する上で、企業からの一方的な広告だけでなく、口コミ情報を活用することはとても有意義ですけど、自分自身のマーケティング・セグメントをきちんと意識しておかないと、自分にとっては全然見当違いな意見に惑わされることになってしまうかもしれません。個人的に賢い買い物をするためにも、マーケティングの知識は役立つかも。
「認知的不協和」じゃなくって、「認知的不協和を回避しようとする行動」が用語の使い方として正しいかなと思います。
でも、iPhone万歳な人達は「革新的な新製品の良さが分かる自分」というアイデンティティに酔ってる人(だと思う)。彼らの中では、そもそも不協和自体が生じていない気がします。
製品に対する信者じゃなくって、そういう自分に対する信者なんじゃないかなーと元・心理学専攻者としては思います。
> 「認知的不協和」じゃなくって、「認知的不協和を回避しようとする行動」が用語の使い方として正しいかなと思います。
あ、ほんとだ。本にもそう書いてありました。ご指摘ありがとうございます。
自分のセンスに酔ってるApple信者ってのは、僕もホントにそう思います。持つだけで「酔える」ような製品を作ってるAppleは、やっぱすごいっす。あー、MacBook買っちゃいそう。