思考の滞空時間

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最近、「思考の滞空時間」について考えます。

たとえば、先日読んだゲーデルの本にあったような論理学の問題を考えているとき、あとは数学や物理学の本で数式を追いかけているとき、あとはコンピュータのプログラムで複雑なアルゴリズムを理解しようとしているとき。

脳ミソを複雑なロジックを理解するためのモードに切り替えて、目を紙の上に書いてある文字の記号的な意味だけを理解するようにして、頭の中にロジックを展開して、通常モードに「墜落」しないように気をつけながら、展開されたロジックを頭の中でいろんな形に操作して、最終的な理解に「着地」させる、という作業。

問題が複雑になればなるほど、そういうモードをキープできる時間、つまり「滞空時間」が長く求められます。

シンプルな問題であれば、紙に書き出しながら理解したり、ちょっとずつジャンプしながら理解できたりもするんですが、やはりある程度問題が複雑になると、長時間そのモードで飛び続けながら、空中で一気に理解するしか方法が無いように思います。僕の場合。

一般的には「集中力の持続時間」とかいう言葉になるのかもしれないけど、僕のイメージでは「滞空時間」という言葉がしっくり来ます。そして、日々怠けてると、自分の「滞空時間」はどんどん短くなってくる気がします。時には無理してバタバタ羽を動かして、ちょっとでも「滞空時間」を延ばそうという努力をしないといけない気がします。放っておいても、年を取るにつれて体力は衰えてくるわけですから。

それにしても、こういうイメージは人それぞれ違うものなんでしょうか?それとも、たとえば理系人間にとってはある程度共通なモノなのか…。

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