日本語で言うと、「やせラテ」?
要するに、「No fat latte(無脂肪乳を使ったカフェラテ)」のこと。オフィス近くのTully'sで、ガイジンさんがこうやって注文してるのをよく見かけます。
日本語で言うと、「やせラテ」?
要するに、「No fat latte(無脂肪乳を使ったカフェラテ)」のこと。オフィス近くのTully'sで、ガイジンさんがこうやって注文してるのをよく見かけます。
某転職系サイトいわく、プログラマ35歳定年説はあまり言われなくなったものの、「30代前半は、過去の資産に頼っているとあっという間に取り残される危険性のある年代であることは変わらない。」のだそうです。
確かに自分自身を考えても、それなりに知識と経験が蓄積されてきていて、その知識と経験をベースにすれば、しっかりとした勉強をしなくても、新しい技術がなんとなく理解できてしまうことがよくあります。
これは危険だ!!
今は、去年の知識と経験で今年の技術を理解してますが、そのうち10年前の知識で最新技術を理解しようとするようになるかもしれません。「基本の部分は変わらないんだよ!」なんて言い張ったりして。自分が取り残されているのを自覚しながら、強がりとか負け惜しみとしてそう言っているんならまだしも、そんなことを続けててるうちに、自分が最新技術を理解できてるのかできていないのかすら、判断がつかなくなっていくかもしれません。こわい。
過去の知識の蓄積があるからといって、現在の努力が免除されるわけでは決してないのですよね。過去の蓄積と現在の努力(つまり継続的な努力)の両方があって、初めて立派なベテラン技術者になれる、と。
20代の頃と比べると、コンピュータ技術について「もっと勉強しないと」という焦りが、だいぶ薄れてきた気がします。もう少し頑張らねば!
哲学というのは、僕にとってかなり謎の世界です。何を扱う学問なのか、何の役に立つ学問なのか、全くわかりません。科学とは根本的に異なる世界の話にも思えるけど、かといって全くの文系学問でも無いようで…。
というわけで、僕でも知ってる有名どころであるニーチェさんの、これまたわかりやすさで有名(らしい)なこの本を読んでみました。
本当にわかりやすい!
ニーチェの歴史に沿って、彼が導き出した様々な考え方を年代順に追いながら、彼の著作からの言葉を引用しつつ、それに対してわかりやすい解説が添えられています。もともとのニーチェの言葉は非常に何回なのですが、ひとつの概念に対して例を交えての解説が何度も繰り返されるので、「悲劇」「ルサンチマン/ニヒリズム批判」「力の意思」「超人」「永遠回帰」みたいな難解な考え方が、なんとなくわかったような気分を味合うことができます。もちろん、本当はそんな簡単なものではないんでしょうが…。
さて、元々の目的である「哲学とは何か」に対する理解ですが、この本を一冊読んだ限りでの僕の解釈は、哲学とは「ものごとの価値観を判断するための論理的な筋道」と「その論理展開をする際の根拠となる論理」という感じでしょうか…。たとえば、ナチス・ドイツやソ連の共産主義、パクス・アメリカーナなど、様々な政治体制を支える価値観の根拠となったり、もっと身近な例では、格差社会の是非などを判断する際の価値観の根拠となったり。この辺は、「哲学」というより「思想」と言った方が適切なのかもしれませんが…。
そしてこの本と一緒に、ゲーデルの解説本も借りてきました。まだ読み始めたばかりですが、こちらは哲学の中でも、思想というよりは論理学に近い(というか論理学そのもの?)のような雰囲気です。きっと、哲学の中にもいろんな世界があるんでしょうね…。折を見て、この2冊以外にも哲学関連入門本を、いろいろ読んでいってみようと思っています。
この文章スゴイ。たまたま僕も一昨日、Second Lifeについて好き勝手書いたところでしたが(とりとめもなく日記的雑記: Second Lifeについての私の意見)、この文章はSecond Lifeが直面している問題と3Dインターネットの将来的な可能性(そしてそれを意識している企業)について、とてもわかりやすくまとめられています。
以下抜粋。
「Second Lifeが米国から日本に入ってきたときの報道のされ方が、そもそもいびつな流れの原因だと思う。ユーザーがいかに楽しんでいるかではなく、大企業が参入し、お金が動き、億万長者になったユーザーがいる、という面ばかり強調されてきた。その文脈が国内の報道でも続いている」
Second Lifeはそもそも、ユーザー数が少ない。総登録アバター数は、8月21日時点で約900万に上るが、米Linden Labの発表によるとアクティブアバターは49万(7月時点、当時の登録ユーザーは773万、アクティブ率約6%)で、うち日本人は2万7000に過ぎない。
「来訪者数だけがすべてじゃない」――Second Lifeには、3次元仮想空間マーケティングの“実験場”という意味もある。ネット上で3次元空間が当たり前になる未来を前に、Second Lifeを使ってマーケティングを試しておきたいという企業は多い。
例えば、実店舗とECサイトを持っている企業にとって、実店舗のように「いらっしゃいませ」と客に言え、商品を見せながらリアルタイムコミュニケーションできるSecond Lifeは、未来のECサイトを試せる新しい場だ。
「検索で企業サイトに来てもらう場合と違い、Second Lifeなら何となく立ち寄ってもらえ、実店舗に近い。1回来てもらえれば10~20分とじっくり見てもらえるなど、仮想空間ならではの行動も見られる。国内で3D仮想空間を試せるのは、現状ではSecond Lifeしかない」
その後どうなるかは「運営元のLinden LabがSecond Lifeを使いやすくするかどうかにかかっている。ただLindenは、誰も来ないサーバ(SIM)をすでにたくさん持っていて、それだけでもうかっているはずなので、これ以上頑張る必要はないのかもしれない」
昨日CNNを見ていたら、ブッシュ大統領が退役軍人を前にスピーチをしている様子がLiveで放送されていました。
その中で、彼はイラクやアフガニスタンでの厳しい現状について、こんなことを語っていました。
かつて日本は敵だった。日本にはシントーという狂信的な宗教があって、女性は差別されていて、その文化や価値観は西洋と根本的に異なっていて、誰もが「日本に民主主義を根付かせるなんて不可能だ」と言っていた。しかし今、日本は我々と価値観をともにする仲間になった。イラクやアフガニスタンに民主的な国家を樹立する試みを無謀だと言う人がいるが、日本でできたことを中東でできない理由があろうか?
細かい文言は覚えていないので、あくまで「こんなような意味のこと」ですが。
その内容には賛成も反対もしませんが、なんというか、そんな考え方があること自体思いもつかなかったので、とても驚きました。
ケータイコミック、利用するのは「ヒマな時」--KLab調査:モバイルチャンネル - CNET Japan
そういえば、ここ数年「ヒマ」になったことがないなぁ、と思いました。忙しいという意味ではなくて、やりたいことがいつもあるという意味で。
幸せなことです。
さて、Second Lifeです。
インターネット上のニュースやコラムでは、最近はもう「Second Lifeは終わった」という記事『すら』見なくなってしまいました。でも、ビジネスとして取り組もうとしている会社は、今でもまだ少なくないようです。
僕は5ヶ月ほど前にもSecond Lifeについてグダグダと書いていたようですが(とりとめもなく日記的雑記: Second Lifeはサービスじゃなくて新しいインフラだという話)、現時点でのSecond Lifeについての意見をちょっと書いてみようと思います。
3Dインターネットは将来的に重要になってくる
平面的なブラウザでは味わえない、お店や会議室に「自分や相手が、その場に『いる』感」は、とても意味があることじゃないかと思います。
Second Lifeだけが3Dインターネットではない
具体的に何があるのかはよく知らないんですが、オンラインゲームから今後出てくるモノも含めて、もっと競争が生まれてくるといいですね。そして、それぞれのメタバースが接続されて、アバターやお金やアイテムや友達リストが共通化されてきたりすればおもしろいと思うんですが…、現実的には難しそうですね。
特に根拠はありませんが、3Dインターネットがキャズムを越えるとしたら、それはSecond Lifeじゃないのではないかと、個人的には思います。
「やることがない」のは15年前のWWWと同じ
企業や政府や一部個人のホームページがあって、「それでなに?」って感じでしたね。(もし解消されるとしたら)数年のオーダーで解消される問題だと思います。
「要求スペックが高すぎる」のは10年前のインターネットと同じ
ブロードバンドがいつのまにやら普及したように、マシンスペックの問題はそのうち解消されます。これも「やることがない」と同じで、数年のスパンで捉えた方が良い問題だと思います。
Second LifeをSNSのような既存のサービスと比較するのは無意味
Second Lifeはあくまで『インフラ』だと思います。そこで、どんなサービスやコミュニティが生まれてくるか、が問題なのですが、まあ要するに今はそこで苦戦してるんですよね…。
現時点では、興味のある人だけがやってればいいんじゃないですか
ということです。正直、僕はあまり興味が無くなってしまいましたが…。
要するに、目の前のSecond Lifeにはあまり魅力を感じないし、爆発的に普及することもなさそうだけど、中長期的(数年~10年)のスパンでの3Dインターネットの普及には可能性を感じる、というあたりが今の僕の見方です。
さて、どうなるかな。
仕事を終えて、近所の喫茶店で1時間くらい読書をしてから帰宅。そして今日も、テレビを見ながらアコギを弾きました。
大学生の頃古本屋で買った「ミスター・チルドレン ギターソロ」という本(これが弾ければモテるんじゃないかと思っていた…)の、「Replay」が最近の課題曲です。弾き語りではなく、ギターソロとしてアレンジされています。コードとメロディーがいい感じに絡んで、なかなかステキなアレンジです。1週間くらい練習したら、少しずつ弾けるようになってきました。
ギター(特にアコギ)のいいところは、何よりも手軽なところです。部屋の隅っこに立てかけておいて、気が向いたときにふっと手にとって、テレビを見たりビールを飲んだりしながら、チャカチャカと弾くことができます。ピアノとかクラシックのオーケストラの演奏を聴くと、その圧倒的な表現の広がりに「すげえなあ」と心底感動するんですけど、ギターはギターで「まあそれはそれで、ぼちぼちやってます」的なホドホド感、身の丈感があって、これはこれでいいもんです。
しかし、趣味ってのは得てしてそうなんですけど、はまってくると新しい(そして高い)道具が欲しくなってくるのにはホントに困ります。そういえば、某知人が持ってるチェロの値段を聞いてびっくりしたことがありました。腕も取り組みのまじめさもジャンルも違うから、単純に比較しても意味はないんだけど、その10分の1の値段でもそこそこ悪くないアコギが買えそうだなぁ…と思ったり。半年くらい経ってもまだ熱が冷めてなかったら、新しいのを買っちゃおうか。
最近アコギばっかり弾いてます。で、YouTubeで「なんか面白いアコギの動画は無いかな~」と探してみたら、Andy Mckeeという人の演奏を発見しました。
なんじゃこりゃ~。
ボディ打ちとか両手タッピングとか、トリッキーな技を使いつつも、それがちゃんと音楽のためになってるところがすごい。彼はカナダ人で、どうやらこのYouTubeをきっかけに、世界的にブレイクしたみたいです。
さすがにこれは真似しようという気すら起きないな…。
そのスジでは大変有名な羽生章洋さんが書かれた、データモデリングに関する入門書。これは良い本です!
タイトルは「楽々ERDレッスン」となっていますが、ERD自体の書き方をはじめ、正規化などの基本的な知識については説明されていません。そういう意味では、完全な初心者向けではないかも。例えば「会社の新人研修で、ERDの書き方やRDBMSの基礎なんかを習ったけど、いざ自分でモデリングをしてみようとしたら、はたと手が止まってしまった」なんていう人にぴったりだと思います。
内容は3部構成になっています。
第1部は、羽生さんがご自身の経験から生み出した、データモデリングのポイントについて解説しています。たとえば、正規化はどこまでやるべきか?とか、価格変更や顧客別割引がある場合に、「価格」データを「売上」テーブルに持たせるべきか「商品」テーブルに持たせるべきか?など、いわゆる「現場で使える」レベルのノウハウがたくさん書かれています。
第2部は、RDBMSへの実装を前提として考えた上での、データモデリングについて書かれています。
そして第3部は、ファミレスや公共料金などのレシート・領収書を元に、実際にどんな手順でデータモデリングを進めていけばいいのかを、丁寧に解説しています。個人的には、この第3部が一番有意義でした。
筆者も書いているとおり、データモデリングというのはある種の「特殊技能」として考えられていて、例えばクラス設計なんかと比べると、プロジェクトの中でも一部の人たちだけが行っていることが多いような気がします。なので、データモデリングの経験をつまないまま月日が流れ、ある日突然データモデリングの仕事を任されて慌てる、なんていうことが起きたり。教科書的な知識はあるけど、実際やるとなったらどこから手をつけていいのかわからない、とか。もちろん実務の経験にはかないませんが、この本を読んでおけば、いざというときにあまり慌てずにすむのではないでしょうか。
なお、第3部の一部(とほとんど同じ内容)がこちらで読むことができるようです。
CodeZine:楽々ERDレッスン 第1回:「お持ち帰りご注文用紙」編(DOA, データベース設計, ERD)
CodeZine:楽々ERDレッスン 第2回:「図書館の予約申込書」編(データベース設計, ERD)
働き盛りの椿山課長が、突然ぽっくりと死んでしまった。「遣り残したことがある」という椿山課長は、あの世での特例を認められ、以前とは似ても似つかぬ若い女性の姿で現世に戻ってきた…。

人生において「生」は永遠のテーマ
私にとって主人公は課長ではなく・・・
さすが浅田先生。やっぱり泣けます。
浅田次郎の話が泣けるのは、決して立派ではないけれど、その人なりに懸命に生きている普通の人に対する、温かい視線に満ちているからだと思います。たとえば、死んでしまったヤクザの親分が、遺されたた子分にこんな言葉を伝えていました。
下げたくない頭を下げてこそ男だ。
世間では、頭を下げることを拒否して頂点に上り詰めた人が、ヒーローとして崇められます。でもそんなことができるのはほんの一部の人たちで、多くの人たちは、決してそれが平気になったわけではないのだけど、家族や会社や生活や仲間など、色んなもののために下げたくない頭を下げながら、なんとか生きています。そういう人たちのささやかな悲しみや喜びに寄り添うような、そんな優しさを感じます。
映画化されて、DVDももう出ているみたいですね。こんど観てみよう。
以前住んでいたマンションには宅配ボックスがつていて、一人暮らしの僕はよく活用させてもらっていました。が、今年1月に引っ越してきた今のマンションには、宅配ボックスがありません。宅配便の受け取りがすごく不便になって、以前はよく利用していたAmazonもあまり使わなくなってしまいました。
しかし、こいつは便利です!
なんといっても、うちから最寄のファミマまで徒歩30秒。1冊でも送料無料。楽天のポイントもつくし。ついでに、かさばる包装はファミマのゴミ箱に捨ててこれる。
Amazonと比べて、在庫量にちょっと?な部分がありますが、これから利用の機会が増えそうです。
会社が、上司が、部下のうつとどう付き合っていくかについて書かれた本。

部下も読みたい本
部下の自分が買いました
とてもわかりやすい本です休職させるべきかどうかの判断基準や、復帰プログラムのサンプルなど、具体例や実際的な話が多く取り上げられています。「個体要因としてうつになりやすいタイプ」など、けっこうセンシティブな話題もとりあげられていました。内容としてつっこんでいくと、場合によっては差別につながり兼ねないこういう問題もさけられなくなるのは、この本に限らずですが非常に難しいところです。
Amazonの書評にもあるとおり、とても実際的であるという意味で、良書だとおもいます。
ところで最近、朝青龍のメンタル問題がマスコミを賑わせています。世間的には、「気合いで頑張れ」という親方衆ら旧体制の態度に対して、メンタルヘルスについての理解の浅さという点で、批判がなされているようです。
この問題が難しいと思うのは、朝青龍が横綱という完璧な「心・技・体」を求められる、すべての力士の一番上に立つ人だということです。末端のサラリーマンのメンタルヘルスについては、上司や会社という強い立場から「どうしてあげるか?」の問題として捉えられますが、これからはリーダー的立場にある人のメンタルヘルスについても考えていかなければならないのかもしれません。
多くの人が「人生の一冊」に挙げる、サミュエル・スマイルズの歴史的名著。自己啓発の古典です。

素晴しい啓蒙書
100冊の伝記に匹敵
良き一冊主に過去の偉人の言葉や人生を取り上げながら、ストイックに・まじめに・コツコツと努力することの大事さを説いています。確かにすばらしい本です。
でも、正直に言うと、僕にとってはそんなに重要な本にはならない気がします。というのは、たまたまこの「自助論」を読んでいるときに、下記のエントリーを見かけてしまって、「道は開ける」の最初の章を読み直してしまったからです。
【2ch】ニュース速報アワーズ:【古典】カーネギーの「人を動かす」「道は開ける」が名著すぎる。
確かに、この2冊は名著すぎます。あとは「7つの習慣」。「自助論」も含め、すばらしい自己啓発本はたくさんあるんでしょうが、多くの本を読むよりも、まずはこの3冊(「人を動かす」「道は開ける」「7つの習慣」)をしっかり読み直すのが重要な気がします。
とりとめもなく日記的雑記: 道が開けたかも
とりとめもなく日記的雑記: 人を動かす
とりとめもなく日記的雑記: 7つの習慣はスゴイ本です!
ちなみに、「人を動かす」「道は開ける」を買うのなら、ハンディ版がお手軽&お値打ちでおすすめです。

この大きさが素晴らしい。
ビジネスマン必読書
コミュニケーションスキルの重要性が認識できるなんとなく最近、「たくさんの本を読む」ことと同時に、「今まで発見した本当に重要な本を繰り返し読む」というモードに、少しずつシフトしていくほうがいいような気がしています。すごく悲しいけど、読んでみたい本を全部読むことと、重要な本をちゃんと理解できるまで繰り返し読むこと、両方をやれるほどの時間はなさそうなので…。
NYヤンキースの松井秀喜が、左手首の大怪我からの復帰後に書いたエッセイ。
松井は本当にすごいです。
彼が普段インタビューで語ったり、この本に書いていたりする言葉は、マジメすぎるとか、きれい事すぎるとか、正論すぎるとか、そういう風に捉えられることも多くあると思います。でも彼は、マジメできれい事な正論を自分のど真ん中の軸にしっかりと据えて、それをきちんと現実の世界で実践して、誰もが納得する結果を出し続けています。
「世の中きれい事ばかりじゃ通用しないからね」というのももちろん正しいとは思うんですけど、正論から逃げずに真正面から戦ってる人のことは、本当に尊敬します。松井選手もそうだし、僕の身近にもいますし。
いやー、やっぱり松井は日本の宝です。もちろんこの本は、全日本人必読です。
スゴ本Blogで大絶賛(?)されていたので、読んでみました。
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: SUGEEEEEEEEEEE!!!「ゴーレム100」は超スゴ本
いやー、確かにすごかった。こんな小説は読んだこと無い。ていうか、これは小説なのか?
何がすごいかというと、まずこの話が書かれたのが1980年だということ。27年前!読みながら「サイバーパンクの影響がモロだな~」と思ったんですが、なんとウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」より前の作品でした。
次にすごいのが、日本語訳。下品でめちゃくちゃで技巧的なこの物語の世界を、スピード感とトリップ感を全く損なわずに日本語で表現している訳者がすごい。まあ、そもそも原文を読んだ訳ではないんで、こんなこと言うのもアレですが(汗)。なんにせよ、仮に野暮ったくてノリが悪い訳文だったら、ちっともおもしろくなくなってしまうような小説ですので。
話自体のすごさは読めばわかる(よまなきゃ絶対にわからない)のでここでは何も言わないことにします。
録画してあった、NHKスペシャル「デザインウォーズ ケータイ開発の舞台裏」を観ました。
とても濃い内容でしたが、なかでも印象に残ったのがNECの開発現場。NECでのケータイ開発は、以前は機能を盛り込めるだけ盛り込んで、デザインは最後に決める、というスタイルだったそうです。ところが機能での差別化が飽和状態になった今、ユーザーの8割はデザインでケータイの機種を選ぶため、デザイン主導で開発が行われるようになってきた…という話。
その開発会議では、デザインチームの持ってきたデザインをもとに、技術チームがどこまでできるかを確認するわけですが、その中でこんな問題が持ち上がっていました。
まず、「画面はできるだけ大きくしたい」「本体はできるだけ薄くしたい」というデザインチーム。技術チームは「それは難しい」と答える。
また、開発の当初から、ボタンにタッチセンサーを使う前提で議論が進んでいたのですが、技術チームがタッチセンサー前提で様々な作業をしてきた後で、デザインチームが「やっぱり通常のボタンにしたい」と言い、それに対して開発チームは「この段階で議論する内容ではない」と、今までの努力を無駄にする方針変更に反対する。
ここに見られるのは、マーケティングと開発が分離した組織において普遍的な、とても根源的で構造的な問題です。
マーケティングはユーザーのニーズを盾に技術チームに要求を出します。技術チームが頑張っていることはわかるのですが、その詳細まではわからないので、「技術チームにはもっと頑張る余地があるはず」と信じて、より高い要求を突きつけます。
一方技術チームは、ユーザーのニーズが重要なことは理解しながらも、マーケティングからの際限の無い要求に答え続けることの難しさに苦しみます。特に、小型化・軽量化に代表される、乾いたぞうきんを絞るような競争では、実際問題として努力による改善の余地がゼロにならないため、自己申告以外に努力の限界を設定しづらいのが悩みです。もちろん、モチベーションの問題も重要です。
この問題に対するもっともシンプルな回答は、マーケティングと技術を同一人物(チーム)がこなすことです。初期のWeb2.0サービスなんかは、こういう体制から生まれていることが多いと思います。
しかし、大企業ではそういう体制はあまり現実的ではありません。となると、マーケティングと技術がどれだけ視点を共有できるか、が問題になってきます。
一つは、マーケティングが技術チームの苦労を理解すること。ただ、マーケティングが「もう少し本体を薄くしてほしいんだけど、技術的に難しかったら無理しなくていいよ」なんて言ってたら、できあがったケータイは誰も買ってくれないでしょう。
となると、やはり技術チームがマーケティングの意識を持つ、ということが要求されてくることになります。実際、番組中のNECの議論でも、最終的にはマーケティングの方針に技術が従うことになっていました。
まあどう考えても、行き着く先はこういう形しかないと思います。技術者のはしくれとしては、なんだかため息が出てしまいます。
ユーザーのニーズを考えるマーケティング。ユーザーのニーズと技術の両方を考えないといけない技術チーム。
こうなると、製品開発における優先事項が技術からマーケティングにシフトしつつある現在、マーケティングの重要性は言うに及ばずですが、いかに技術者のモチベーションを高く保つかが非常に重要になってきます。いくらマーケティングがユーザーニーズをつかんでも、技術者がモノを作らないことには商売にならないのですから。
ソフトウェア開発で言えば、古典的な営業とSEの問題、たとえば「お客様の要求とその変更」と「開発期間・コスト」の対立が同じ構造だといえます。
で、まとめ。技術の優先順位が相対的に下がりつつある今だからこそ、技術者の高いモチベーションが必要になるのではないか、ということ。技術者のモチベーションは、僕の勤め先でも(たぶんどこの会社でも)問題になっていますが、やはり相当にクリティカルな問題なんだな~と、番組を観て(苦悩するNEC技術チームの顔を見て)再認識させられました。
読者プレゼントに落選し、自腹で購入してから1年半(とりとめもなく日記的雑記: 結城浩さんのJavaデザパタ本プレゼントに応募!)。ずっと会社の机に置きっぱなしにしていたのですが、やっと読みました。
いわゆるGoFの23のデザインパターンを、Javaのサンプルプログラムを交えながら解説した本です。
最初の数個は、「おお、なるほど、そんなやり方があったのか!それは賢い!」という感じ。残りは、途中まで読むと何が言いたいのか大体想像がついて、「あーなるほど、それか」という感じ。本書では23のデザインパターンの紹介順序がGoF本とは異なっていますが、なんとなく重要度順(おもしろさ順?)になっているんじゃないかという気がします。無理して全部読むよりは、ざっと眺めておもしろそうなもの(特に前のほう)だけを集中的に読むのがよいと思います。
よく言われていることですが、デザインパターンは決して暗記して使うようなものではないと、この本を読んで改めて認識しました。デザインパターンの意義を「名前がついてると、他の人に説明するときに便利だから」という人もいますが、僕は「よりよいオブジェクト指向プログラミングのお手本」であるように思います。
初めてJavaを勉強したとき、抽象クラスやインターフェースがいったい何のためにあるのか、それを使うと何がうれしいのかいまいちピンときませんでした。僕以外にも、そういう人は多いんじゃないかと思います。でも、たとえばこの本のTemplate MethodやFactory Methodのサンプルプログラムを読めば、抽象クラスやインターフェースを活用したオブジェクト指向らしいプログラミングが、Javaを勉強し始めたばかりの人にもよくわかるのではないかと思います。
それにしても、結城先生の説明のわかりやすさは尋常じゃないですね。世間にはいろんなコンピュータ技術書がありますが、結城先生の本のわかりやすさは圧倒的です。読者の立場に立った視点と仕事の丁寧さゆえではないかと想像します。ほんとに尊敬します。
「高級品じゃなくていいから、アコギがほしいな~」と思っていたら、なんとありがたいことに、会社の某後輩が「新しいの買ったから、古いのあげますよ」と!さっそく今日、後輩の家に頂きに行ってきました。
「ボロいっすよ」と言っていましたが、実際に見せてもらうと相当立派なギター。YAMAHA製です。
音もちゃんと鳴るし、見た目も全然キレイ。「タダであげますよ」というものの、一応薄謝(ゴルフ打ちっ放し回数券)を押しつけておきましたが…、ほんと恐縮です。ありがたいことです。
早速家に帰って練習してみましたが、やっぱりアコギは難しいです。「あー、俺全然基本がなってなかったんだな~」というのを痛感させられます。2時間くらい練習したら、すぐに指が痛くなってしまいました。
でもやっぱりいいですね、アコギ。頑張って練習します。T君、ありがとう!!
XKeymacsとかCraftLaunchとかが手放せない「キーボードで何でもかんでも操作したい、マウス使うのめんどくさい」派の僕が、こんな重要なツールを見逃していたとは!不覚でした。
Open Tech Press | Firefox拡張:Hit-a-Hint、キーボードを使ってWebを素早くサーフィン
Firefoxプラグインです。Webブラウジングって、これまでキーボード操作だけではどうしてもつかいづらい部分が多くて、マウス中心になりがちな領域でした。特に「リンクをクリックする」という処理。ところがこいつがあれば、キーボードでWebブラウジングがサクサクいけちゃいますよ!
Webページを表示しているときに「H」を押すと、表示されているページのすべてのリンクに、数字が割り振られます。
あとは、その番号を押してEnterを押すだけ。
マウスジェスチャも悪くないけど、やっぱりキーボードだけで操作できるとホント快適です。
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