夜と霧

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心理学者がつづる、ナチス強制収容所の体験記。歴史的名著。だいぶ前から積読してあったんだけど、やっと読みました。

夜と霧 新版
夜と霧 新版
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ヴィクトール・E・フランクル 池田 香代子
みすず書房 (2002/11/06)
売り上げランキング: 6282
おすすめ度の平均: 4.5
5 苦しみの中から生まれた希望
5 生きる意味
5 体験者の「内側から見た」強制収容所

これは、強制収容所が、ホロコーストが、いかに残虐であったかについての本ではありません。著者は、強制収容所という極限状態の中で、人間の精神がいかに破壊されたり、残虐になりえたりするか、そして一方でそういう状況の中でもいかに誇り高くありえるかについて、記しています。そこには著者の心理学者としての洞察や知識が大いに活かされていますが、この本のもっとも感動的な部分は、著者の心理学者としての言葉ではなく、一人の人間としての言葉です。

わたしたちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。

ただ、いかに強制収容所の残虐さを描くことが本書の目的ではないとはいっても、やはり読みながら「こうしたことがたった数十年前に現実にあったんだ」ということを思うと、そしてこれほどひどくないにせよ、同じような種類のことが当時の他の場所でも、そして現代を含む後の時代にも、起きているのではないか(実際に起きていますね)ということを思うと、本当に心の底から恐ろしい思いがします。

全員必読。

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コメント(1)

『夜と霧』は、たぶん僕がこれまでに読んだ本の中で一番感動した一冊です。大学の指導教授の奨めで会社に入る直前に読みました。
この本を読むと、たとえ世界でどんなに酷いことが起きようとも、少数または多数の人間が間違ったことを行いをしたとしても、人間の存在とは肯定すべきものであると信じることができます。

僕が打たれたのは、次の言葉でした。

もし私が当時、私の妻がすでに死んでいることを知っていたとしても、私はそれにかまわずに今と全く同様に、この愛する直視に心から身を捧げ得たであろう。そしてこの精神的な対話は今と全く同じように力強く、かつ満足させるものであったであろう。この瞬間、私は「我を汝の心の上に印の如く置け―そは愛は死の如く強ければなり」(雅歌八章ノ六)という心理を知ったのであった。

フランクルの本はあと2冊持ってますが、良ければお貸ししますよ。

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