右翼と左翼

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昨今、神社とか教科書とかの卑近なコンテキストでのみ語られがちな「右」「左」の概念を、その起源であるフランス革命にまでさかのぼって、その基本となる考え方について解説した本。とってもわかりやすい、良書です!

右翼と左翼
右翼と左翼
posted with amazlet on 07.02.13
浅羽 通明
幻冬舎
売り上げランキング: 2856
おすすめ度の平均: 4.0
5 非常にわかりやすい
4 何気に楽しめた
5 わかりやすかった。

この本を読むと、同じ考え方が時代や国、状況によって「右」と呼ばれたり「左」と呼ばれたり、あるひとつの政治活動がその内部に「右」的性格と「左」的要素を同時に含んでいたりすることなどが、よくわかります。つまり、「右」「左」というのは政治・経済についてまず大きな視点を持った上で、ある特定の方策が全体のどこに位置しているのかを客観的に把握するための指針であり、単純な「右」「左」というラベリング(そしてそれに対する反射神経的で浅薄な反応)がいかに無意味かということがわかります。

本書でも、ネット上での醜悪な「右」「左」議論について、激しい言葉で非難がなされています。

(略)インターネット上で生まれた「サヨ」「ウヨ」という罵倒語に近い呼称があります。その前提として、匿名で意見が表出できる「2ちゃんねる」などの掲示板やブログというツールを得て、プライドだけを肥大させたがゆえの精神的不安定を、他からの承認、もしくは他を圧倒した優越感で補償しようとする若い自意識たちの一部が、左翼的もしくは右翼的言説を盛んに公表し、またそのリアクションとして、批判、再批判、攻撃、罵倒が飛び交うという状況がありました。

肥大化した若い自意識が、これから実力や社会的持ち場を時間をかけて育ててゆくじれったさを回避して、それっぽい言説のまとい方を覚えることで「左翼である私」「右翼である私」として手っ取り早く格好をつけようとするパターンは、戦前の左傾青年以来、珍しくありません。

「右」「左」問題に限らず、インターネット上における議論のグロテスクな面を明快に斬った、気持ちのいい文章だと思います。

また、次の文章もとても興味深いものでした。

(略)対日批判を知り、いつしか豊かな大国「日本」と重ね合わせられていた己の自意識が傷つけられたと感じて、その補償として「右」的な言説を求めるとか、政治家の発言などに現れた「右傾化」に触れ、学校教育の過程でいつか自らの一部となっていた戦後平和主義の危機=プライドの危機を感じて、その補償として「左」的警世の声を欲するとか(略)

この問題で感情的な反応が多いのは、単なる政治の問題ではなく、プライドに組み込まれた価値観の問題だからなのですね。

この本は、既存の「右」「左」の立場から距離を置いた公平な視点で書かれているという点で、僕のような(そしてこの本の想定読者である)入門者にはとても有意義な本です。正直言うと、ところどころで筆者の主張が言葉の端々に漏れ出してる部分もあるのですが、まあ許せるというか、しょうがないレベルかなと。

また、政治的ポジショニングをあらわす指標として「リベラリズム」「コミュニタリアニズム」というものがありますが、これは「ウェブ人間論」の平野さんの説明がとてもわかりやすかったです。

(略)リベラリズムは、人間の理性や合理的に善悪を判断しうる能力というものを信じていて、結果として社会には一定のルールが形成されると考えるわけで、ネット社会の秩序観は、梅田さんのお話を伺っていても、基本的にはリベラルだと思います。人間そんなにバカじゃないから、規則でギュウギュウ縛らなくっても、それなりのふるまいをするよっていう。

他方で、コミュニタリアニズムは、人間の合理性というようなものをあんまり信じていなくて、共同体の構成員であるからこそ、人間は秩序の中で生活することが出来るんだという立場を採る。それで、伝統や慣習といったものに大きな価値を置くんですね。

この二つはそのままアメリカの共和党・民主党のスタンスであり、その意味でアメリカの二大政党制は論点がはっきりした明確なものであることがよくわかります。

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