司馬遼太郎の中国歴史小説。初めて中国大陸を統一した秦の始皇帝が死んだ後、再び戦国の世に突入した中国大陸で覇権を争った、項羽と劉邦という二人の男についての物語です。
司馬 遼太郎
新潮社
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項羽と劉邦の話というと、20年近く前に週刊少年ジャンプで連載していた、本宮ひろ志の「赤龍王」が思い浮かびます。子供の頃だったし、細かいストーリーはあまり覚えていませんが、当時の中国にあった犬の肉を食べるという習慣、秦の始皇帝が発した「煮殺せィ」というセリフ、そして阿房宮の酒池肉林っぷりに、子供ながら大きな衝撃を受けたことを覚えています。
それにしても、本作を読んで驚かされるのは、中国大陸における歴史のスケールの大きさです。ある時に項羽に攻撃を仕掛けた際の劉邦軍、その総数は56万人にもなったとか。ちなみに、関ヶ原の戦いにおける兵数は東軍10万、西軍8万でした。
このスケールの違いは、そのまま物語の印象の違いになってます。日本の武将・歴史を扱った他の司馬作品と比べると、主人公である項羽・劉邦のみならず、その配下の人間について多くの記述が割かれています。つまり当時の中国の権力者にとって、自分自身の将としての力の差以上に、有能な配下の将をどれだけ有効に活用できるかが、重要な能力であったことの表れでしょう。その点で劉邦は明らかに項羽に勝っていましたし、結果として歴史はその通りの結果になっています。
項羽はその武において比肩するものが無いほどで、個人として、そして戦術レベルでの将としては圧倒的に項羽のほうが優れていました。一方、劉邦は気弱で素直な「気のいい兄貴」とでも言うべき人物。苦境になるとすぐ弱音を吐くし、周囲の人間に八つ当たりをしたりもします。ただ、苦言にも素直に従うし、乱暴なことを言いながらも嫌味は一切ない。そんな性格ゆえに、劉邦の元には多くの有能な人材が集まり、彼のために必至で働きました。
たとえば、劉邦の配下で天才的な軍才を発揮した韓信が、謀反の疑いをかけられて劉邦の前に引き出された際の問答で、劉邦にこんなことを言っています。
陛下はせいぜい十万人程度の将でしょう。それ以上の兵力だと、とても無理です。
陛下は兵に将たる能力はおありではありません。しかし将に将たる能力がおありだから私がかような姿で陛下の前にひきだされているのです。陛下の場合、天授であって、人力ではございません。
この韓信の言葉以上に、劉邦がこんなことを部下に言われて「なるほど」と素直に得しているということが、彼の性格を物語っていると言えます。
また、配下の謀将である張良の言葉。
陛下は、ご自分を空虚だと思っておられます。際限も無く空虚だとおもっておられるところに、智者も勇者も入ることができます。そのあたりのつまらぬ智者よりも御自分は不智だと思っておられるし、そのあたりの力自慢程度の男よりも御自分は不勇だと思っておられるために、小智、小勇の者までが陛下の空虚の中で気楽に呼吸をすることができます。
世間における成功者や、自分の身の回りの優秀な人を見ても、こういう人はあまり見当たりません。多くの人は個人として大変能力があり、またそれを自信に思っており(謙虚かどうかとは別問題として)、それによって他の人を惹き付ける、というタイプが多いように思えます。そして、張良の言葉は次のように続きます。
さらに陛下は欲深の者に対して寛容であられます。乱世の雄の多くは欲深で、欲によって離散集合するのです。欲深どもは、陛下の下で辛抱さえしておれば自分の欲を叶えてもらえるとおもって、漢軍の旗の下にあつまっているのです。漢軍の将は、十のうち八九はそのような者たちです。この連中が集まるというのも、徳というものです。
「治世の徳ではありませぬ。三百年、五百年に一度世が乱れるときには、そのような非常の徳のものが出てくるものでございます。」
この言葉は、起業家の成功について大きな示唆を含んでいるように思えます。起業家というのは良くも悪くも欲深で、それをエネルギーにしている人が多いと思いますが、ある程度以上の成功を収めるためには、きっとそれ以上の何かが必要なのでしょうね。
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