スポーツ新聞のコラムを読んで

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昨日のこと。

一人で晩飯を食いながら、店においてあったスポーツ新聞をパラパラとめくっていると、ひとつのコラムが目に留まりました。それはこんな内容でした。『アントニオ猪木いわく、「プロレスは人生に似ている。フォールされてもすぐには負けにならず、挽回のチャンスがあるからだ。」と。近頃人気のPRIDEやK-1は、一撃で、そして一瞬で勝負がついてしまうことも多い。我々はいろんなことを急ぎすぎているのではないか。』

僕は普段スポーツ新聞は読まないし、格闘技にも一切興味は無いけど、なるほどと思わされる文章でした。確かに人生と比較して考えると、プロレスというものがとても意味深く思えてきます。

プロレスでは、最後に勝つレスラーも、序盤では苦戦します。そして、最終的に負けるレスラーにも、見せ場が必ずあります。プロレスでは結果がすべてではなく、山あり谷ありの道のりにこそ価値があり、そこでは勝者も敗者も、共に欠かすことのできない出演者です。そして、往々にしてやる前から結果がわかっているような場合でも、後に勝者となる者も敗者となる者も、一生懸命に戦います。

それに対して、K-1やPRIDEで「秒殺」された敗者に思いを寄せる人は、少ないと思います。そこでは強さや勝利こそがすべてであり、敗者に価値はありません。だからこそ、みんな真剣になるんでしょうけど。

さっきも言ったとおり僕は格闘技ファンではないので、不正確なことを言っていたらごめんなさい。K-1やPRIDEも、格闘技としての面白さはよくわかります。ただ、今まで「何が面白いんだろう?」と不思議だったプロレスが、なんだか味わい深いものに思えてきたなあ、と、そんなふうに感じたのです。

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