SEと呼ばれたくない理由(3)

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前回の続き。

システム開発プロジェクトがすべからくデスマーチ化する現状では、『なんでも屋』的な『デスマーチ型SE』がシステム開発現場の屋台骨を支えているというお話をしました。

実際、ある特定分野のプロフェッショナルというSEよりも、そういうプロフェッショナルたちの隙間を埋めるようななんでも屋SEのほうが、高い評価を受けたりします。

デスマーチ化したプロジェクトは、当然普通にやっていては破綻します。もちろん、徹夜や休日出勤をして単純に労働時間を増やすことも必要ですが、それだけでは不十分です。スケジュールを変更し、機能を削り、機能を削ることを正当化し、開発メンバー間のいさかいを収め、顧客との利害調整をし、時には顧客内部の利害調整をすることが必要になります。そういうムードが進んでくると、『システムを作る動機となったビジネス目標』が形骸化し、プロジェクト自体が自己目的化してきます。つまり、システムを作ることではなく、プロジェクトを完了させることが目標となってしまうのです。こういう場面で必要となるのは、帳尻をあわせ、落とし所を探り、なんとか形にする、そういう能力です。大きな予算をつぎ込んではじめてしまったプロジェクトなのですから、責任ある立場の人はなんとかして完成させなければ示しがつきません。ですから、なんとかして終わらせる役割の人が、高い評価を得るのも当然ですよね。

ただ僕は、SEという言葉が持つ『役割や専門性が明確でなく、必要なことは何でもやる』という語感に、SEが背負わされた『デスマーチをなんとかして収束させる』という労苦というか業のようなを感じます。デスマーチ化が避けられないシステム開発においては誰かがやらないければならない仕事なのですが…。少なくとも僕は、あまり魅力は感じません。なぜなら、そこにおいて最も必要とされるのは、付加価値の高い知識やスキルではなく、あくまで根性だからです。これば、僕がSEという言葉が好きになれない理由です。

繰り返しますが、デスマーチの中で必死にもがくSEさんがいけないと言っているわけではありません。僕は、もっと違う価値観の中で頑張りたいなぁ、ということです。

また、僕はもしかしたらSEという言葉に、その言葉自体が持つ以上にネガティブなイメージをおしつけすぎているかもしれません(というか、そんな気がします)。SEという言葉にもっとポジティブな誇りを持っている方、ごめんなさい。

あと、「俺はデスマーチになんか巻き込まれずに、つねにスムーズにプロジェクトををこなすSEだぜ!」っていう方がいたらごめんなさい。いたらすごいなぁ。いるのかな…でもきっと中にはいるんだろうな。

うーん、以前から『なんとなく』感じていたSEという言葉のうっとおしさをなんとか説明したかったのですが、あまりスッキリとは解明できなかったな…。もう少し時間をかけてじっくり考えてみよう。ていうか、まず普段の仕事をちゃんとやれってことですね…>俺

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