SEと呼ばれたくない理由(2)

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前回の続き。

プロジェクトマネージャやプログラマと違って、役割がはっきり定義されていない、つまり何でもできないと/やらないといえけないのがSEです。スーパーマンで無ければこなせない仕事を任せられた、普通の人間であるSEは、どうなってしまうのでしょう?

ご想像の通りだとは思いますが、残業が増え、徹夜や休日出勤が増え、プロジェクトはデスマーチ化し、病に臥せったり(フィジカルにもメンタルにも)、燃え尽きてしまうことになるのです。

もちろん、全てのSEがそうなるわけではありません。中には、残業や徹夜を乗り越え、デスマーチ化したプロジェクトを気合で完遂させるタフなSEもいるわけです。要するに『優秀なデスマーチ型SE』ですね。

僕は以前『なぜデスマーチは無くならないか』というエントリーで、『デスマーチ型SE』について語りました。SEとしての成長過程でデスマーチしか経験しなかったため、もっているスキルはデスマーチを乗り越える根性のみ、というSEのことです。ただ誤解していただきたくないのは、僕は『デスマーチ型SE=無能なSE』と言っているワケではないのです。むしろ逆です。

日本のシステム開発が構造的にデスマーチ化傾向をはらんでおり、システム構築の現場においてデスマーチが不可避なのであれば、SEに必要なスキルは『デスマーチを乗り越えるスキル』となります。そして僕が思うに、デスマーチを乗り越えるスキルには『根性』しかありません。SEが自分の業務をはっきり定義し、計画ベースで作業をし始め、「それは当初の計画に入っていません。」「それは私の仕事ではありません。」と言いはじめたら、システム開発の多くは頓挫してしまうでしょう。つまり、今の日本のシステム開発はデスマーチ型SE(=根性あふれるSE)が支えているのです。『デスマーチ型SE』という言葉が皮肉すぎるのであれば、『なんでも屋SE』と言い換えてもよいかもしれません。

そもそも、システムエンジニア(SE)という言葉は、コンピュータ技術に精通したエンジニアというよりも、システム開発の現場におけるなんでも屋というニュアンスがあります。『エンジニア』という言葉に違和感を感じるほどです。そもそもこういう『なんでも屋』的なSEは、日本固有の職業だとも言われます。本当かどうかは知りませんが、少なくとも契約やシステムエンジニアリングが徹底された(つまりなんでも屋の入る余地が小さい)アメリカには、存在していないようです。

また長くなってきちゃったので、また次回…。

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