なんだか止まらないSEネタ…。もう少しお付き合いください。
馬場史郎、という人がいます。SEの教育や育成の専門家で、著書や雑誌連載で『SEとは』について色々と語っておられます。お歳は存じませんが、プロフィールから察するに60を超えられたあたりではないかと思います。特に日経コンピュータの連載『馬場史郎のSE徒然草』は、コンピュータ関連のお仕事をしている人には有名ではないかと思います。
4/18号の日経コンピュータのその連載で、馬場氏は『SEを目指す新人SEの心得10カ条』として、下記のように述べています。
・寝る前にマニュアルを1ページ読め ・ビジネス人としての常識を持て
・対人関係処理能力や人間性を磨け
・SEとしての心構えを磨け
・技術馬鹿になるな、技術だけでは50点
・技術は自分から獲れ、決して与えられる物ではない
・SEには文科系も理工系もない、第3の領域だ。文科系の人も逃げるな
・アプリケーションも勉強せよ
・元気欲挨拶をせよ、決して忘れるな
・若者らしく失敗を恐れずに挑戦せよ
僕は馬場氏も、馬場氏を評価するSEさんも、否定するつもりはありませんし、馬場氏が挙げられた10カ条についても、特に反対するものはありません。どれも本当に大事なことです。
ただ、あまりにも薄っぺらすぎませんか。『頑張れ』『何でもやれ』って言ってるだけじゃないですか。
しかも、ほとんどはSEに限った話じゃないだけじゃないですか。であれば、SEって何ですか?この10カ条を胸に育ったSEは、10年後、20年後に何を誇れるでしょう?何を売りものにできるでしょう?
もちろん、こういうメンタリティのSEは馬場氏だけではありません。馬場氏的な考え方のSEは、とくにベテランの中には多くいます。でもこういったメンタリティは、SEのプロフェッショナリズムを高めるものだとは、僕には思えません。
「挨拶が大事」なことに異論はありません。でも仮に僕が大学生だったとして、「SEにとって大事なものは何ですか?」と聞いたときに「挨拶」と答えが返ってきたとしたら、僕はSEになりたいとは思わないだろうな、と思います。単にこのオジサンは、「最近の若者は挨拶がなっとらん」って思ってるだけなんじゃないかな、と。僕は将来、自分の仕事について聞かれたときに、「挨拶が大事」とか「人間性を磨け」としか言えないようにはなりたくないな、と。この人にとっては、「SEであること」イコール「会社員」なんだろうな、と。
山一證券が倒産したころ、これからは「課長ができる」「部長ができる」的なゼネラリストではなく、何らかの専門性を持ったプロフェッショナルだけが生き残っていく、と言われていました。ただSEの世界では、まだゼネラリストが多く生き残って、幅を利かせています。今のところは。
僕が新人SEさんにアドバイスをするとしたら…ってそんなエラそうなことできる立場じゃないですけど。もしアドバイスをするとしたら、『馬場氏が言うような「ゼネラリストSE」は、SE余りの将来においては不要になると思うよ』っていうところかな。『だから、他人に必要とされる何かを身につけよう』と。挨拶や人間性以外にも。
この意見の通りですね。挨拶などだけでは夢も何もないですね。だが、この新人10カ条の技術に強いのは当たり前という前提の上です。SEが生き生きと仕事をするには技術は必要条件だが必要十分条件ではないということです。日本には技術を知っていてもビジネス社会で仕事ができないSEが多すぎるのではないでしょうか?。技術に夢を持っても成果があげられないのでは意味がないです。結局はそんな夢は砂上の楼閣です。きっとそんなSEは学校か研究所でしか生きられないでしょうね。この10カ条はそんな背景があっての上です。
この意見の通りですね。挨拶などだけでは夢も何もないですね。だが、この新人10カ条の技術に強いのは当たり前という前提の上です。SEが生き生きと仕事をするには技術は必要条件だが必要十分条件ではないということです。日本には技術を知っていてもビジネス社会で仕事ができないSEが多すぎるのではないでしょうか?。技術に夢を持っても成果があげられないのでは意味がないです。結局はそんな夢は砂上の楼閣です。きっとそんなSEは学校か研究所でしか生きられないでしょうね。この10カ条はそんな背景があっての上です。
後出しじゃんけんはずるいなぁ